千葉地方裁判所一宮支部 平成5年(ワ)53号 判決 1996年8月23日
主文
甲事件被告は、別紙訴外人目録記載の訴外吉野キヨ、同田中政司、同田中清文、同内山キミ子及び同田中勝成に対し、別紙物件目録一記載の土地につき、真正な登記名義の回復を原因とする各持分一六分の三の所有権移転登記手続をせよ。甲事件被告は、乙事件被告に対し、別紙物件目録二記載の土地につき、真正な登記名義の回復を原因とする持分三二分の一五の所有権移転登記手続をせよ。
甲事件原告及び甲事件被告は当事者参加人らに対し、別紙物件目録一ないし五記載の各土地につき、当事者参加人らがそれぞれ各三二分の一の割合による持分権を有することを確認する。
甲事件被告は、別紙物件目録一及び二記載の各土地につき、当事者参加人らに対し、平成五年九月二九日遺留分減殺を原因とするそれぞれ各三二分の一の割合による共有持分権移転の各登記手続をせよ。
甲事件被告は、別紙物件目録三ないし五記載の各土地につき、当事者参加人らに対し、平成五年九月二九日遺留分減殺を原因とするそれぞれ各六四分の一の割合による共有持分権移転の各登記手続をせよ。
乙事件被告は、別紙物件目録三ないし五記載の各土地につき、乙事件原告らがそれぞれ各三二分の一の割合による持分権を有することを確認する。
乙事件被告は、右各土地につき、乙事件原告らに対し、平成五年九月二九日遺留分減殺を原因とするそれぞれ各六四分の一の割合による共有持分権移転の各登記手続をせよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は各事件を通じて甲事件被告及び乙事件被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
甲事件
被告は、訴外吉野キヨ、同田中政司、同田中清文、同内山キミ子及び同田中勝成に対し、別紙物件目録一記載の土地につき、真正な登記名義の回復を原因とする各持分五分の一の所有権移転登記手続をせよ。
被告は、訴外田中利一に対し、別紙物件目録二記載の土地につき、真正な登記名義の回復を原因とする持分二分の一の所有権移転登記手続をせよ。
当事者参加事件
主文同旨。
乙事件
主文同旨。
第二 事案の概要
一 訴外亡田中婦じは、別紙物件目録記載の各土地(以下、本件各土地という)を所有していたが、平成五年一月二二日死亡した。ところで、同人は昭和五七年と同五八年の二度にわたり遺言をした。甲事件被告は前者の遺言書に基づきすべての土地を自己所有名義に登記した。甲事件原告(以下、原告という)は後者の遺言書により訴外吉野キヨらが別紙物件目録一記載の土地(以下、本件一土地という)を相続したとして、甲事件被告に所有権移転登記を請求し、さらに、後者の遺言書に全く記載がなく、遺産の配分のない相続人らが遺留分減殺を主張し、当事者参加したもの。
二 争いのない事実
1 訴外田中婦じ(以下、婦じという)は本件各土地を所有していた。
2 婦じは平成五年一月二二日に死亡し、相続が開始した。
3 甲事件被告(以下、被告利朗という)は本件一ないし五の各土地につき、単独所有の登記を経由した(後に、本件三ないし五の各土地につき乙事件被告のためにその持分二分の一を所有権移転登記した)。
三 原告の主張
1 婦じは、昭和五八年二月一五日に、左記のような内容の公正証書遺言をした。
(1) 本件一土地について
相続人である訴外田中政司、同田中清文、同田中勝成、同吉野キヨ及び同内山キミ子に対し、それぞれ五分の一ずつ相続させる。
(2) 本件二ないし五の土地について
相続人である被告利朗及び乙事件被告(以下、被告利一という)にそれぞれ二分の一ずつ相続させる。
2 婦じは、遺言執行者として原告を指定し、原告は平成五年三月二日、相続人に対し、遺言執行者に就職することを承諾する旨の意思表示をなした。
3(1) 婦じの死亡により、本件一土地は、相続人である訴外田中清文ら五名がそれぞれ持分五分の一ずつの割合により共同相続するに至った。
(2) また、本件二ないし五の土地は被告利朗と同利一がそれぞれ持分二分の一ずつの割合により共同相続するに至った。
四 被告利朗の主張
1 相続分の譲渡(放棄)
訴外吉野キヨら五名は、平成五年一月二三日の亡婦じの葬儀の際、被告利朗との婦じの遺産相続についての話合いにおいて、同被告と右五名は、同被告が右五名の相続人らに各二〇〇万円を支払うことでその共有分を放棄し、あるいは同被告に譲渡する旨の合意が成立した。そして、同被告はその二週間内に全員に右金員を支払った。したがって、もはや原告の請求は理由がない。
2 本件当事者らは後遺言の効果によって、何らの行為も要せずして被相続人の死亡後直ちにその財産を承継したから、遺言執行者である原告が、その遺言の執行をなす余地がない。したがって、原告の訴は不適法である。
五 当事者参加人ら兼乙事件原告ら(以下、当事者参加人らという)の主張
1 当事者参加人らは婦じの長男である亡田中清(以下、清という)の子供であって、清が婦じの死亡前の平成三年七月二三日に死亡したところから婦じの遺産相続について代襲相続人になった。
2 当事者参加人らは相続人であるにもかかわらず、婦じの財産を全く取得しておらず、前記婦じの遺言内容は当事者参加人らの相続分を侵害している。よって、当事者参加人らは平成五年九月二九日付内容証明郵便で遺留分減殺の意思表示をなした。したがって、右遺言内容はその限度で効力を失い、当事者参加人らの遺留分相当の財産は回復された。
六 被告利朗の当事者参加人らに対する主張
亡田中桓(昭和五七年七月一九日死亡)は生前清に多くの土地を贈与した。
また、被告利朗は昭和五七年ころ、参加人田中新一に建物を贈与した。これら贈与は亡田中桓や婦じの死亡の際にその相続を放棄し、遺留分を主張しない約束のもとになされたものである。
七 (争点)
訴外吉野キヨらが婦じの葬儀の際に、被告利朗から各人金二〇〇万円を受け取ったことが相続分の譲渡になるか否かが主たる争点である。
第三 判断
一 (相続分の譲渡の主張について)
1 婦じの葬儀の行われた平成五年一月二二日から同二四日にかけて甲事件被告や訴外吉野キヨら婦じの子ら全員が集まっていたが、その際、婦じの入院費用の話題から婦じの遺言書の話になり、被告利朗が婦じの遺言書をもっているという話に発展した。そして、同被告以外の人らがその遺言書を見たいから出すように同被告に要求したところ、同被告は遺言書を捜したが、結局出さず、その代わりに権利証のような書類を持ち出してきた。その書類には、婦じと同被告の押印があった。それで、訴外人らは同被告が婦じの生前に同人の土地を勝手に同被告一人の所有にしてしまったものと推測し、憤慨した。そして、いろいろ揉めた後に、結局、同被告が訴外人ら五人に各二〇〇万円を支払うということで決着した(以下、この話合いを「葬儀の際の話合い」という)(甲二三の一、二四の一、二五、証人吉野キヨ、同田中政司、同田中清文、同田中勝成、被告利朗)。
2 葬儀の際の話合いにおいては、実質的には、婦じの財産の相続を如何になすべきかという問題についての協議はなされないに等しかったものと推測される。
また、訴外吉野キョ等が甲事件被告に対し、それぞれ自己の相続分を譲渡することについての協議ないし当事者間の合意もなかったと推認される(前記各証言、被告利朗)。
3 葬儀の際の話合いにおける金二〇〇万円という金額は、その金額決定の経過、理由が不明確であるが、訴外吉野キヨらが自己の相続分を放棄する代償金であるとまでは意識していなかったものと推認される。
4 その後、まもなく訴外吉野キヨら五名に被告利朗から各二〇〇万円が支払われた。しかし、その際、いずれも「相続放棄念書」と題した書類が作成されていて、それには右訴外人らが同被告から金二〇〇万円を受け取る代わりに無条件で相続を放棄するという文面になっていて、双方の署名がなされている(乙二の一ないし五、三の一ないし五)。
5 ところで、婦じは昭和五七年一〇月一五日付で公正証書遺言をし、その中でその財産全部を被告利朗に相続させるとしている(乙一)(以下、これを前遺言という)。
6 その後、婦じは昭和五八年二月一五日に同じく公正証書遺言をし、その内容は、まず前遺言をすべて取り消し、訴外吉野キヨら五名に本件一土地を五分の一ずつ、本件二ないし五土地を甲及び乙事件各被告に各二分の一ずつそれぞれ相続させるというものであり、その遺言の執行者に甲事件原告を指定するとなっているものである(甲一)(以下、これを後遺言という)。
7 訴外吉野キヨら五名は、前遺言の存在を知らなかったものと推測される。又、後遺言については、訴外田中政司や補助参加人はその存在は知っていたが、その詳しい内容は当時忘れていたものと推測される。又、その余の訴外人らはその存在もよく知らなかったものと推測される。
被告利朗は、葬儀当時、前遺言を結局取り出せなかったからその内容を右訴外人らに周知させたことはないものと思われる。又、同人は後遺言の存在は知っていたかもしれないが、その内容までは知らなかったものと推測される(甲二四の一、二五、証人田中清文、同田中政司、同吉野キヨ、同田中勝成、被告利朗)。
二 右事実によれば、訴外吉野キヨら五名は被告利朗から金二〇〇万円を受け取るのと引換にその相続分を放棄した旨の書面を作成している。この解釈については、もとよりこれによって相続放棄とみられないことは当然である(民法九三八条)。
これが、相続分の譲渡と解せられるかであるが、前記の状況から訴外吉野キヨらが各人の相続分を被告利朗に譲渡するというよりも、同被告が他の相続人らの知らぬ間に、婦じの生前において勝手に自分一人が相続財産の土地を譲受されたことについての事後的了承的意味とそうした利己的、背信的、抜け駆け的行為をしたことを謝罪し、慰謝するものとでもいうべきところの代償であるものと推認される。したがって、相続分の譲渡とまではいうことができないから被告利朗の主張は採用できないというべきである。したがって、後遺言の内容のとおりに婦じの遺産相続が行われるべきことになる。
又、被告利朗は被相続人の死亡により、その財産は何らの行為を要せずにその相続人に承継されるから遺言執行者の執行する余地はなく、本件訴は不適法である旨主張する。
しかし、遺言執行者は、遺言を実現するために必要とする一切の行為をする者であり、それらの必要な事務行為には、種々の事務があるが、不動産の登記などの対抗要件を具備させる行為も当然ながら包含される。したがって、本件においても遺言執行人の執行の余地は充分にあり、右の被告の主張は理由がないというべきである。
したがって、甲事件原告の請求のとおり、後遺言の内容が実現されるべきことになる。
三 婦じの子である訴外田中清(以下、清という)は婦じの生前の平成三年七月二三日に死亡しているので、当事者参加人らは右清の代襲相続人になること、当事者参加人らから他の相続人らに対して遺留分減殺の意思表示がなされたことについては当事者間に実質的に争いがない。
又、被告利一の当事者参加人らに対する主張はこれを認めるべきものはないから理由がない。
したがって、当事者参加人らから原告、被告利朗及び被告利一に対する各請求はいずれも理由があることになる。
四 以上により、原告の被告利朗に対する請求は、本件一土地につき、当事者参加人らの持分合計一六分の一を除いた残余の持分一六分の一五について、又、本件二土地についても、同じく当事者参加人らの持分合計三二分の二を除いた三二分の三〇についての二分の一の三二分の一五を認めることに帰するから、原告のその余の請求は理由がないから棄却する。
(別紙)
訴外人目録
千葉県夷隅郡岬町和泉四四六番地
吉野キヨ
千葉県市原市瀬又四七九番地の五六
田中政司
千葉市若葉区千城台東参丁目弐参番七号
田中清文
千葉市緑区高田町弐弐九六番地の弐九
内山キミ子
千葉県茂原市六ツ野弐七九四番地五
田中勝成
千葉県長生郡一宮町一宮一〇九九番地
田中利一
物件目録
一 所在 千葉県長生郡一宮町一宮字東離嶋
地番 四弐八番壱
地目 宅地
地積 壱弐壱七・四壱平方メートル
二 所在 同県長生郡一宮町一宮字物見台
地番 弐弐四番壱
地目 畑
地積 四〇五平方メートル
三 所在 同県長生郡一宮町東浪見字古畑
地番 参四〇六番
地目 山林
地積 七弐壱平方メートル
四 所在 同県長生郡一宮町一宮字苗割
地番 六六九八番の参
地目 山林
地積 弐弐〇平方メートル
五 所在 同県長生郡一宮町一宮字小池
地番 八四壱〇番の四
地目 山林
地積 壱四八四平方メートル